東海道に宿駅が敷かれて400年が経ったことを記念して、2002(平成14)年に記念の石碑が長楽寺内に建てられました。
鎌倉時代に京から鎌倉へ通じる道として利用されていました。 南区内には3つのルートがあったと言われ、この道は、下の道と呼ばれていました。
昔、長楽寺周辺は海で、塩田が多くありました。 塩は、前浜塩(まえはまじお)として良く知られており、馬の背に載せられてこの道を通り、信州方面に運ばれて行きました。
戦国時代に織田・今川両家の国境であった所で、この谷が境界線となっていました。
江戸時代に清洲(きよす)の城主であった松平忠吉公が、本殿・回廊などを建てたと伝えられ、国の重要文化財に指定されています。 1877(明治10)年頃まで長楽寺で管理をしていました。
1940(昭和15)年まで当山の境内でしたが、緑化推進のため名古屋市に寄贈されました。
笠寺台地が侵食されてできた窪地を江戸時代にせきとめて造った灌漑池です。