今、日本では多くの企業そして多くの人々が先の見えない不景気に苦しんでいます。
何故不景気になってしまったのでしょう。それは日本の元気がなくなったからです。
どうして、元気がなくなってしまったのでしょうか?
その理由はこの10年全国に移動火葬車が走り回り、マイナスの気を振り撒くことで日本中の元気、プラス(+)よりマイナス(−)の陰気のほうが多くなってしまったからに他なりません。
+は−と出会うと0となってしまいます。
その結果、空前の停滞を招き、この10年政府は様々な景気対策をしましたが大きな効果はありませんでした。
もはや、経済政策の問題ではありません。別の問題として考えるべきでしょう。
「移動火葬車」を言葉で分解すると、そこから意外な真実が出てきます。訪問火葬車と変えても同じです。
まず「移動車」と「火葬」に分け、「移動車」は自動車の事です。自動車というのは人間の意志で自由に目的地へ行ける合理的なものです。
「自由な意志」とは人間の欲望と言い換えることが出来るでしょう。
次に「火葬」は死者を弔い、炎によって土に帰すことです。
そのほか「土葬」「水葬」「風葬」、チベットには「鳥葬」などがありますが、それぞれの地域によっての弔い方の名称です。
つまり宗教、さらには神仏と密接に関わった言葉なのです。
したがって、この2つの言葉を合体させた移動火葬車とは、神仏の精神性と人間の欲望という相反するものが出会ったもの、矛盾を孕んだものなのです。
その結果、陽気と陰気がくっつき、プラスはマイナスと出会うことでゼロになってしまうのです。ゼロとは虚無、すなわち消滅です。
ですから、移動火葬車で動物供養をすると、仏教の存在自体も消滅することになってしまうのです。
移動火葬車の使用はこういった事態を引き起こし、さらにリンクする社会へと消滅の輪を広げていくのです。
その証拠は皆様の前にどんどん出てきております。つい先日の日航の倒産、政局の混乱、トヨタのリコール、全て消滅の序曲なのです。
いずれ、これが更なる問題を引き起こして日本地位を失墜させてしまうでしょう。
歴史を遡ると、古くは「パンドラの箱」、水滸伝の「伏魔殿」、映画インディ・ジョーンズに出てきた「聖櫃(アーク)」に例えられ、時代の動乱、大量死、そして消滅を暗示するものなのです。
我々日本人は利便性を追い求めるあまり、移動火葬車というとんでもないものを作ってしまったのです。
何のために動物供養をし、火葬をするのかその意味が無くなると分かったら皆さんは移動火葬車を使えるでしょうか。
皆さん、少し前の日本を思い出してください。 良心を持って相手に接し、勤勉を美徳とした以前の日本を。そこへ立ち返る一番の近道は移動火葬車を日本から消滅させることなのです。
国家形成の基本は政治と宗教ですが、移動火葬車はこの国家を支える精神に壊滅的なダメージを与えてしまうのです。今、世界は回復基調に乗っていますが、我々日本だけが取り残されています。
それは我々が使ってはいけないもの、曖昧と停滞の象徴である移動火葬車を使ってしまったからです。
今、火葬車を使っている人は国民のほぼ2%です。 国民の皆さん、自分の感性に自信を持って国家の麻薬である移動火葬車に勇気を出してNOと言いましょう。
すると小さな勇気は大きく集まり、日本に元気がたまっていくでしょう。
そして夢が湧いてくるでしょう。
また景気が良くなり、未来が見えてくるでしょう。
日本動物霊園連合
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◆寺でお経を読んだ上で、そのお寺の境内で火葬車によって焼却しても、動物の霊は 成仏できません。 残念ながら、お寺のお経は鎮魂除霊が目的であり、霊は浄められても火葬車の性格や臭いや煙は 人間が作り出したもの、科学のお経で浄める事はできません。 |
| ◆便利に移動できる火葬では仏様に真心は伝わりません。 動物であれ、人間であれ、別れは悲しくつらいものです。それは古今東西を通じて皆同じでしょ う。その悲しみの場面はまた、その人の本心が一番表れやすい場面でもあります。 最愛のものを失ったその場所に、何が一番相応しいお供え物なのかというと、それはその人自身 の真心ではないでしょうか。 供養として最も場違いなのは、「仏様に来てくれ・・・」と言うことではないでしょうか。 「便利だから来てくれ・・・、火葬車に来てくれ・・・」と仏様に来て頂くということは本末 転倒で、我々が神仏から頂くものは、「謙虚さと素直さを頂く」ということが第一の目的だか らです。いつ頃から仏様はわがままをお聞きになられるようになったのでしょうか。 例えば、健常な人達が体の不自由な方を支え、共に付き添って来寺することも一つの道では ないでしょうか。 人間が火葬車を焼却炉として利用する場合は何の問題もない事です。 さらに、ゴミの焼却だけでも問題はないでしょう。 しかし、いざこれを人や動物に宗教とし て利用する場合、この行為は宗教への合理性の介入とみなすべきではないでしょうか。 「火葬」とは元々仏教用語なのです。そうなると、仏教は勿論のこと、宗教全体に影響するも のなのです。 |
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| ◆火葬車がどこからくるのかも大切なことです。 風水学や易学はアジア思想の底流です。表から見ている限り見えません。徳川家康は風水四伸 相応の中心に江戸城をかまえました。その力は今も東京繁栄の中に生きています。その知恵は 尾張名古屋でも発揮され、家康が清正に命じて作らせ、それを四男忠吉にゆずった為に家康の 風水学は脈々と受け継がれ今日に至っています。もっとも恐れたのは守山、春日井方面の北東 鬼門方向と蟹江、十四山方面の裏鬼門方向です。 この方位は学校には最適ですが、火葬、供 養といった不浄な物にはもっとも避けねばならない方位です。 もしも動物火葬車が春日井 小牧、蟹江、十四山方面から来たナンバーなら要注意です。霊は車について鬼 門に連れて行か れるかもしれません。鬼門は清浄にしておかすべからず。家門繁栄の大原則です。 |
近年は便利になったものです。 ペットが亡くなると、電話一本で移動火葬車が自宅まで出張してくれて、遺体を火葬してくれます。
移動火葬車は、全国的にここ10年くらいの間に急速に普及しました。 もともと、自宅に居ながらにペットの葬儀が出来るという、利便性を求めた末に生まれたものであり、その点が大衆受けしたのでしょう。
確かに、人の世は利便性を追い求めるものです。 そのおかげで科学技術が発達した事も事実です。 しかし、何事にも越えてはならない一線というものが存在します。 移動火葬車こそ、その一線であると当山は考えます。
想像してみてください、あなたの家族が亡くなったとして、あなたは移動火葬車を呼びますか? もしくは、実際に呼んだと言う人をあなたは聞いたことがありますか?
答えは、呼びたくないし、聞いたことも無い、 でしょう。 ではなぜ人間の葬儀に、移動火葬車が無いのでしょうか?
答えは簡単です。人間の遺体はゴミではないからです。 電話一本で引取りに来て処理する。 そんなゴミ収集車のような扱いに堪えられないからこそ、移動火葬車を利用しなのです。
つまり、移動火葬車とは、遺体=ゴミであるという意義の元に成立している物です。 その意識が自覚されたものなのか、無自覚なものなのか程度の差はあるでしょう。 いずれにしても、このような物を許すわけにはいけません。
1997年、当山は移動火葬車を火葬炉の代用として導入はしましたが、外に出て一度も使用したことがない訳は以上のところにあるのです。
その昔、時は鎌倉時代、京都では死者の遺体は人里離れた野山に捨てられていたそうです。 その名残は今も化野という地名に残り、念仏寺の万塔供養は有名であります。 仏教の始まりはその死者の悪霊から災いをはらう鎮魂の目的で始まったようであります。
人は今まで太陽と月、天空を見ながら一日を昼と夜の世界に分け、その性格を『陰と陽』『動と静』『善と悪』とに分類し、昼は『陽』『動』『善』に、夜は『陰』『静』『悪』に分けて幸福を捜す基準としてきました。 不幸や災いは、何らかの拍子でこれらが混ざり合って区別できなくなり迷う所から始まるようであります。
死を司る墓地や葬祭場、さらに霊柩車や火葬場は本来、陰と静の世界に属するものでその裏に夜と悪の性質を隠すことになります。 その為、今まで寺や教会の神仏の力によって祈りの保護のもと浄土(非営利的な不便な所)におき、死者が動き出さないよう封印して、『鎮守の森』として癒しや再生の場として貢献してきました。 こうした精神的世界は、目の前にあっても次元が異なり文明の近代化や主義とは無関係なのです。
さて、この移動火葬車には便利性の影におそるべき性格が隠されています。 それは火葬場と霊柩車の性質を持ち合わせていることです。 動く火葬場とでもいいましょうか? これは結果として封印した火葬場の夜の性格『陰』『静』『悪』を市井に開き放してしまうことになるのです。
こうした動物移動火葬車がたとえ便利だから、技術が進歩して無公害だからと言って使用を許すとたちまち夜の性格が昼に伝染し、異次元が出会ったように陰陽がくっつき、「陰陽動静善悪」になって我々の感性基準が狂いはじめ、その結果、曖昧が国中を覆い正道は廃り悪が幅を利かせ、混純が支配していくのです。 現在、我国の状況は政治経済を問わずにその表れなのです。 だからこそこうした曖昧な性格を持つ動物移動火葬車を巷に徘徊させることを我々は許してはならないのです。
当園は動物火葬場の非常用として1997年に動物移動火葬車を導入致しましたが、長年の火葬経験から利便性の陰にこのような問題を発見したため、国家安泰の為、全国に先駆けて不使用を宣言して境内に封印したのです。
動物移動火葬車はまさにパンドラの箱なのです。 夜の世界を昼の中で使うには火葬場といえども御仏の笑みに守られて、鎮守の森に封印して不便にして使うのが日本の安泰と幸福を持続させる秘訣のようです。
活力ある日本を再生する為に、闇の徘徊にNo。
市民の為に市民の力で火葬車不使用宣言にご協力を!
移動火葬車が関わる事件やトラブルは、新聞でも報道され、社会的な問題にもなっています。
平成19年に『移動火葬車の中で「人間」を焼却させた』という報道(中日新聞 平成20年2月6日 夕刊)がありましたが、移動火葬車は一人で運用できる「隠密性」を秘めています。加えて、何処にでもいける「機動性」と焼却という「証拠隠滅」の能力を有し、犯罪にも利用される可能性をも持っています。従って私達は以下のことを皆様方にお願い方々、お知らせする次第です。
人間の尊厳と命の大切さは「死」への対応(葬儀)から始まり、継承されてきました。死は科学的には心臓の停止や脳波の停止で表現されますが、そこには何の感情も介入できません。死を精神的な領域でとらえるからこそ、悲しみも愛も生まれ人間の尊厳へとつながってきたのです。
葬儀とは、「葬儀、火葬、供養」が一体化された中で霊の存在を肯定する宗教的な行為のため、あの世が「在るか」「無いか」に関わってきます。それは人間が見た最初の「夢」と「希望」なのです。
「移動火葬車」は火葬という利便性のみが突出し、葬儀と火葬と供養の一体化を破壊して、霊の存在を否定しています。その為、宗教の自由を侵すこととなり、国の存在すら危うくするものであります。移動火葬車の利用と蔓延は日本の夢の破壊にとどまらず、人類の夢の破壊に繋がるものであると考えます。
「移動火葬車」は現在人間を火葬しているわけではありませんが、ペットを家族同様に考える人たちは増えており、その為、移動火葬車の蔓延は将来、人間転用への道を開きかねません。
天皇家の行事は日本伝統文化の結晶です。それは葬斎文化が神仏を前提として開花したもので、利便性から生まれた移動火葬車は宗教の否定を大衆にゆっくりと広める為、日本の伝統文化を否定する力を秘めています。
現在の火葬場に対する信頼は官、民、宗教による相互協力と注視の賜物であって、行政と市民は火葬炉が危険である事を忘れてはならない。その為、大衆の指導者である寺院や僧侶は使用すべきではない。まして移動火葬車を宗教者が広めようとするのは愚かなことであります。
これらの理由により、私たち「日本動物霊園連合」は移動火葬車の不使用を国民の皆様に宣言いたします。
みんなで「移動(訪問)火葬車」の不使用宣言を!
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